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崔吉城
-Choe Kilsung-
1940年韓国・京畿道楊州生
プロフィール
国立ソウル大学校卒、筑波大学文学博士(社会人類学)
中部大学教授、広島大学教授
現在は東亜大学教授・広島大学名誉教授
研究実績
拙著『植民地史を正しく見る』
研究会案内2016年7月

東亜大学東アジア文化研究所/研究会

日時:20167月30日()14:00~16:00

場所:東亜大学13号館7階710号室

テーマ:「戦争と難民」

 講師:反田昌平(毎日新聞下関支局長)

コメンデーター:堀まどか氏(大阪市立大学)

[講師プロフィール]

1991年、毎日新聞社入社。東京本社社会部で検察庁などを担当。防衛庁(現・防衛省)担当時は、陸上自衛隊のイラク派遣に伴い、隣国クウェートで取材。2011年4月から西部本社報道部副部長を経て15年5月から現職。

[講演概要]

2001911日の米国・同時多発テロ後、アフガン戦争、イラク戦争、シリア内戦、イスラム国(IS)の誕生、シリアからの大量の難民が欧州(EU)へと。フランスでの大規模テロなど、ISの脅威は今も大きい。中東、欧州におけるテロの現状や問題と課題、深刻な難民問題について語る。自由参加

__________________________________________________________________________________

東亜大学東アジア文化研究所・日韓大学院国際関係研究会

日韓同名の東亜大学大学院の共同研究会

時:2016. 7. 8() 10:30 15:00

場:13号館102号教室

歓迎辞:櫛田宏冶学長

答辞:李学春

趣旨説明:崔吉城

参加者紹介:(韓)東亜大学国際法務学科院生10名、学部生10名、教授 3

       (日)東亜大学国際学科生20名、院生4

基調講演:李学春(東亜大学校教授)*通訳は柴田さん 卞さん

「不当労働行為制度の日韓比較」(要旨)

 団結権保障構造は憲法上韓国と日本は原則的に同じである。労働紛争を予防するために国家が介入する政策を反映している。日韓において団結権行使範囲が異なる。韓国ではその範囲を制限することができるが、日本は何の制約もない。韓国では労働者の自由が民法によって保障されている。日本では一般的に団体交渉の拒否ができないが、韓国は団体協約締結義務まで規定している。日本の労組法は不当労働行為の救済命令の履行強行できるが韓国ではそうではない。

 

  • 連絡先 東亜大学東アジア文化研究所 mail dgpyc081@yahoo.co.jp

映像シンポ
news letter no.8


「東亜大学東アジア文化研究所」

ニュースレターNO. 8  dgpyc081@yahoo.co.jp  http://www.geocities.jp/dgpyc081/

2016.7.1

研究会

日時:2016年7月30日()14:00~16:00

場所:東亜大学13号館7階710号室

 講師:反田昌平(毎日新聞下関支局長)

[講師プロフィール]

1991年、毎日新聞社入社。東京本社社会部で検察庁などを担当。防衛庁(現・防衛省)担当時は、陸上自衛隊のイラク派遣に伴い、隣国クウェートで取材。2011年4月から西部本社報道部副部長を経て15年5月から現職。

「戦争と難民」

2 米国・同時多発テロ後、アフガン戦争、イラク戦争、シリア内戦、イスラム国(IS)の誕生、シリアからの大量の難民が欧州(EU)へと。フランスでの大規模テロなど、ISの脅威は今も大きい。中東、欧州におけるテロの現状や問題と課題、深刻な難民問題について語る。

日韓の共同研究会

時:2016. 7. 8() 10:30 15:00

場:13号館102号教室

参加者:(韓)東亜大学国際法務学科院生10名、学部生10名、教授 3名 (日)東亜大学20余名

基調講演:李学春(東亜大学校教授)*通訳あり

[講師プロフィール]

ドイツBielefeld大学大学院法学科客員教授/オーストラリアメルボーン大学交換教授/韓国労働法学会副会長歴任 

 

「不当労働行為制度の日韓比較」

 団結権保障構造は憲法上韓国と日本は原則的に同じである。労働紛争を予防するために国家が介入する政策を反映している。日韓において団結権行使範囲が異なる。韓国ではその範囲を制限することができるが、日本は何の制約もない。日本の労組法は不当労働行為の救済命令の履行強行できるが韓国ではそうではない。

科研研究会

「韓国と台湾にみる日本植民地政策の解放後の社会への展開?人類学と歴史学の学際的な研究」

研究組織

崔吉城代表東亜大教授) 原田環(県立広島大名誉教授)上水流久彦(県立広島大准教授)

時と場

2016827日(土)午後2時  東亜大学 13号館7

要旨

「韓国の経済成長:長期推移と国際比較」

金洛年(韓国、東国大学校)

韓国の経済成長は比較的に短い期間のうちに貧困から脱出を遂げた。こうした経験は経済成長を目指している開発途上国に対する示唆に富んでいる。朝鮮王朝の末期に経験した開港の衝撃、日本による植民地支配体制と戦時統制、解放後の北朝鮮の社会主義経済体制、韓国の市場経済体制がそれである。朝鮮半島は図らずも他の地域では見られない多様な体制の実験が行われた。韓国経済の歩みを数量的に、概観する。百年間にわたる長期推移の中で各時期を相対化し捉え、こうした時期別差異をもたらした要因が何かを考える。比較を通じて韓国の経済成長の特徴を明らかにする。

ワンアジア財団の支援講座ITによるアジア共同体教育の構築」

ワンアジア財団(理事長佐藤洋治)から講座に支援助成金を受けて日本、韓国、中国、台湾から碩学たちが担当する。東亜大学を発信地として下関から東アジアへ文化交流、文化政策などへの提言と学生や市民との討論ができることを期待している。講義はインタネット上現地の研究者と繋げて映像参加を含め、討論もできる。市民にも公開する講義を行い、受講学生には奨学金も授与される。初年度の講座は次のようであり、多くの学生と市民に参加を呼びかける。

回数

月/日

講演のテーマ

講師名

1

10/1

アジアの社会、文化と共同体

崔吉城(東亜大教授)櫛田宏冶(同学長)

2

10/8

いま、なぜアジア共同体なのか

黄智慧(台湾・中央研究院教授)

3

10/15

アジアの人種、そしてアジア共同体

鵜澤和宏(東亜大教授)

4

10/22

アジア言説の再構築と新型共同体の形成について

金俊(中国・浙江工商大学教授)

5

10/29

絵図から見るアジア

川村博忠(東亜大非常勤教授)

6

11/5

多民族多文化社会の台湾からみるアジア共同体の構築

鄭俊坤(ワンアジア財団特別研究員)

7

11/12

アジア共同体の形成と異文化コミュニケーション

黄有福(中国・中央民族学院名誉教授)

8

11/19

民族構成とナショナリズムからの脱出

上水流久彦(県立広島大准教授)

9

11/26

東アジアの国際交易ネットワーク

松原孝俊(九州大学名誉教授)

10

12/3

スポーツとオリンピックから見るアジア

姜信杓(韓国・仁濟大學校名誉教授)

11

12/10

東アジア3国(日本、朝鮮、清)の近代化の相互比較 

原田環(県立広島大名誉教授)

12

12/17

アジアの社会、言語とアジア共同体の構築に向かって

孫蓮花(中国・大連理工大学准教授)

13

12/24

アジアの美

金田晋(東亜大学教授)

14

1/14

東アジアの近代地図研究と地図画像データベースのネットワークの可能性」

小林 茂(大阪大学名誉教授)

15

1/21

やがて世界は一つになる

佐藤洋治(ワンアジア財団理事長)

5「楽しい韓国文化論」

「釜山」

共催

広域下関日韓親善協会、

1

93()  14~16

木村健二

釜山と下関の人流

2

910() 14~16

魏鐘振

釜山と下関の物流

3 

917() 14~16

崔吉城・石本弘之

日韓の温泉比較

4

924() 14~1630

朴熙??

映画「国際市場」鑑賞

5

102() () 14~16

礒永和貴

知られざる倭城」

現地見学会:114()?117() 釜山・金海

<研究活動>

読書会:毎週木曜日午後4時?6時、参加者 礒永和貴、倉光誠、林楽青、王軼群、宮琳

研究会:「中国のアメリカ政策」(2015718日)

林楽青「幻しい満洲映画」(2016325日)

講演会:朴裕河「帝国の慰安婦」(2015725日)

出版:崔吉城著「韓国の米軍慰安婦はなぜ生まれたか」(ハート出版、2015

 

751-0807 山口県下関市一の宮学園町2?1 東亜大学2号館7
TEL.083-257-5088
083-257-5179(崔研究室) / FAX.083-256-1485

東亜大学東アジア文化研究所/研究会

日時:20167月30日()14:00~16:00

場所:東亜大学13号館7階710号室

テーマ:「戦争と難民」

 講師:反田昌平(毎日新聞下関支局長)

[講師プロフィール]

1991年、毎日新聞社入社。東京本社社会部で検察庁などを担当。防衛庁(現・防衛省)担当時は、陸上自衛隊のイラク派遣に伴い、隣国クウェートで取材。2011年4月から西部本社報道部副部長を経て15年5月から現職。

[講演概要]

2001911日の米国・同時多発テロ後、アフガン戦争、イラク戦争、シリア内戦、イスラム国(IS)の誕生、シリアからの大量の難民が欧州(EU)へと。フランスでの大規模テロなど、ISの脅威は今も大きい。中東、欧州におけるテロの現状や問題と課題、深刻な難民問題について語る。自由参加

<日韓大学院国際関係研究会>
 主催:東アジア文化研究所...

時:2016. 7. 8(金) 10:30∼ 15:00
場:13号館102号教室

歓迎辞:櫛田宏冶学長
答辞:李学春
趣旨説明:崔吉城
参加者:(韓)東亜大学国際法務学科院生10名、学部生10名、教授 3名
       (日)東亜大学国際学科生20名、院生4人
基調講演:李学春(東亜大学校教授)*通訳は柴田さん 卞さん

「不当労働行為制度の日韓比較」(要旨)

団結権保障構造は憲法上韓国と日本は原則的に同じである。労働紛争を予防するために国家が介入する政策を反映している。日韓において団結権行使の範囲が異なる。韓国ではその範囲を制限することができるが、日本は何の制約もない。韓国では労働者の自由が民法によって保障されている。日本では一般的に団体交渉の拒否ができないが、韓国は団体協約締結義務まで規定している。日本の労組法は不当労働行為の救済命令を履行強行できるが韓国ではそうではない。

三羽烏

下関の三羽烏と自称している3人の昼食会をした。野村忠司氏は文化協会の会長、佐々木正一氏は山口新聞の特任編集委員である。私が下関に住み始めてからの付き合い、友人としても、いろいろな行事にも同参することが多い。昨日は何の用事もなく、ただ久しぶりに会ってランチを共にしただけであった。野村氏は私より若干年配であり、また学習プラザの理事長に延任、佐々木氏はコラムニストなどで活躍以外新聞社のイベントや海峡映画祭などに関わった文化活動の現役の方である。私が手術を受けて以来、初めてだった。まず私に対する慰労の言葉から言論界や文化界の話に広がった。
 私は公開講座を行う際の講師に関することを話題にしたが、まず政治家は対象外にした方がいいのではないかというのが彼らの意見であり、意外であった。特に地元の関係の政治と複雑なかかわりを知っているからであろう。下関の学生や市民に関わる全国的なネームバリューの方は誰か見つからなかった。去年日韓関係でもっとも話題になった朴裕河氏の招待講演の時、下関のマスメディアは全く冷淡であったことも話題にした。そして佐々木氏が若い記者を連れて拙著『韓国の米軍慰安婦はなぜ生まれたのか』の出版に関する取材が無効になった背景、地域言論の安易さと偏狭さなどが指摘された。地方はまだ田舎の風潮があり、それに屈しないで広げていく、グローバル化に努力しようと三人の決議のような話になった。最後は私の「競争はいろいろあるが長生きが一番難しい、頑張ろう」で締めくくりになった。

直木賞作家佐木隆三氏宅で
古川薫氏と
「記録と記憶」

「日本映像民俗学の会」の会場の法政大学市ヶ谷キャンパスにて岩波書店の編集局副部長の馬場氏からDVDブック『甦る民俗映像?? 渋沢敬三と宮本馨太郎が撮った1930年代の日本・アジア ??』を執筆者として献本して頂いた。国立歴史民俗博物館でのシンポジウム以来出版を準備して完成されたものである。これまで公開されることのなかった,渋沢敬三が創ったアチックミュージアムで制作された渋沢・宮本の動画作品のほぼすべてを高画質のデジタル映像で再現.1枚2時間6枚組のDVDと詳細な作品解説の書籍をボックスで提供.コラムとフィルモグラフィーを付す.30年代の日本各地および朝鮮・台湾・樺太の生活の映像と合本した本である(A5判・並製・480頁)。編集委員としては1930年代に撮影した宮本馨太郎氏の息子の宮本瑞夫先生をはじめ佐野賢治,北村皆雄, 原田健一,岡田一男,内田順子,高城玲の諸氏である。
 私は「記録と記憶」という一節を寄稿した。日帝植民地史を遡りながら調査をしているうちに私は文書から画像へ、さらに動画の映像・映画へと向かって行った。多くはプロパガンダ的なも...のであったが、中にはその時代の生活ふりを覗いてみることができた。同時期において国策映画やプロパガンダ映画が多く作られて多くの人が影響された。それは今CMに影響されるのと似ている。しかし多くの人はそのような脈絡とは関係なく、映像を作り残している。植民地の京城での生活、花見の盛りあがり、喫茶店やバーなどでコーヒーやビールを飲み、ファッション街の通りなど人間が生きている動画には私は大きなショックを受けた。映像を通して植民地研究をすると決心し、植民地期の映像に関心を持った。1936年の映像記録の「朝鮮多島海探訪記」「蔚山達里農楽」は当時盛んに作られた国策映画とは違って、当時の民俗学や人類学の映像として新鮮さがある。韓国の戦前の記録映像の唯一のものである。麦わら帽子に巻いたリボンが映画フィルムであることに気が付いた。私は子供の時にこのフィルムのリボンを巻いた帽子をかぶったことがあり、映っている画像を観察した覚えがある。このようにフィルムを切り売ったので保存されなかったことが分かる。

日本映像民俗学の会、法政大学2016年3月27日
식민지역사 바로보기

새로 내는 책은 다음과 같은 말로 시작된다. <줄타기 인생>

 어린 시절 장이 서는 날 드물게 줄타기 광대들이 장터에서 공연하는 것을 본 적이 있다. 구경거리가 별로 없던 시골 장터에 줄타기는 그야말로 최고의 볼 거리였다. 6․25 이후 줄타기를 다시 보는 일은 없었다. 훨씬 후 서울에서 복원된 줄타기를 보게 되었다. 감개와 감회가 큰 것은 말할 것도 없었다. 장단에 맞추어 한 손에 부채를 들고 중심을 잡으면서 줄을 건너는 광대는 참으로 멋지다. 줄에서 균형을 잃고 떨어질 듯하다 뛰어 오르고, 다시 떨어질 듯하다 바로 잡고, 춤을 추면서 줄을 탄다.
 지금 그 줄타기를 상기하면서 나의 삶을 되돌아본다. 나의 인생이 줄타기 광대처럼 느껴지기 때문이다. 참으로 여러 번 줄에서 떨어질 뻔하였다. 그때마다 광대처럼 부채를 들고 바람을 저으며 자세를 바로 잡아 왔다. 참으로 ‘줄타기’ 광대처럼 살아온 인생이다. 지금도 줄타기를 하고 있다.
 중심을 잡는다는 것은 결코 쉬운 일이 아니다. 바로 중심을 잡을 수 있었던 것은 부채 덕분이었다. 무게 중심을 잡아 어느 한쪽으로 치우치지 않아야 된다고 느낀 것은 중학교 시절, 객관성의 중요성을 알게 되면서부터이다. 심지어 어머니가 남과 다툰 적이 있을 때 어머니 편을 들지 않았던 것을 평생 후회하면서도 나는 지금도 객관성을 신념으로 삼고 있다. 고등학교 수업에서 재판관은 친족 등과 연루된 재판은 담당하지 않는다는 설명을 들으면서 나는 상대가 누구라도 편견 없이 일을 처리할 수 있어야 한다고 생각했다.

モンゴル調査
絹代塾でご挨拶 撮影 礒永、酒本

山口大学2016,1,31「帝国におけるモノと人の移動」研究会



帝国の米


崔吉城



先日山口大で行われた「帝国におけるモノと人の移動」という研究会に参加した。メンバーたちから喜んで迎えられたことが感謝であった。山口大学で長い時間、台湾と韓国の調査の発表であり、植民地の共通の遺産処理の比較が行われた。私は植民地の遺産でも負のものだけではないことを指摘した。植民地統治政策時代であっても高度経済成長があったことを韓国人学者によって発表されたことを紹介した。それについて韓国側からは収奪のためだとの説明が話題になった。


私は釜山や群山などの日本植民地遺産の展示館などで「収奪」という看板を見たり、ナレーションを聞いたりして、日本文化の展示のための巧みな知恵だと思った。侵略者や収奪というイントロによって展示が可能になっているのではないかとも考えた。「収奪」という言葉があってこそ展示が可能になるからであろう。それは北朝鮮でもほぼ同様であった。過去には毛沢東や金日成を賛美する言葉をイントロで述べて物事を始めるのも同じ論法である。それはそれほど大げさな政策ではなく、日本人の褒め殺しの論法とも似ている。


私は日韓合併前後に朝鮮における稲の品種改良について帝国の植民地政策として触れた。特に徳島農事試験場の所長をした後1907年朝鮮総督府農事試験場に勤めた向坂幾三郎氏が「朝鮮において優良稲種子の普及の成績」(『朝鮮』)を寄稿したもの。水原で心を込めて育てた稲の品種早神力、穀良都、日の出、多多金などが韓国の農民の手で栽培されていた。1906年朝鮮の農民が品種改良を始めたが日本人によって朝鮮半島の北部など気候にあうように品種改良が行われその収穫が良くなった。品質が良いコメが増産された。同時に満洲地方には韓国人の移民により、また満鉄農事試験場の研究によって広がり定着した。


一方品種改良は台湾へ、そして熱帯地方へと適用性のある品種改良が行われた。この研究会に参加した山口県立大学の安渓遊地教授が台湾植民地で稲の品種改良をした蓬莱米の話をされた。安渓氏は早速台湾蓬莱米の父である磯永吉の資料を送って下さった。蓬莱米は日本の台湾統治時代に、日照時間の差から熱帯では早く芽が伸びすぎてしまい、実りを得ることのできなかった日本のお米(ジャポニカ米)を台湾の気候に合うように、磯博士が品種改良して作った品種である。二期作が可能なため、多くの収穫をもたらし、米は台湾の重要な輸出品目となった。インド各地の農業センターで蓬莱米の試作が始まった。インドでは蓬莱米を植えたところ、大豊作、地平線まで蓬莱米の黄金の波にうずめられていたと言う。蓬莱米にまつわる日・台・印友好の物語である。帝国全体、そしてインド、満洲国の北部まで稲作を広げていったことは一つの貢献であった。
 日本の植民地と戦争は悪名が高いが稲の品種改良は否定できない事実である。それを要領よく説明するためには「収奪のために」というイントロが必要なのであろう。



「シャーマンを追って」門天ホールで講演2016.1.24